歌詞なんてどうでもいいよねー

と思ってたけど一周回って「やっぱり歌詞って大切じゃん」という境地に至っております。

 

小学生の頃に浜崎あゆみが流行っていて、わたしもすごい好きだったんだけど、何が好きだったかって「A Song for XX」とか「Surreal」とかの暗い歌詞。居場所がなかった〜見つからなかった〜ってめちゃくちゃいい歌詞じゃない???と力説していた小学校5年生とか、今考えると本当闇。同じくあゆ好きだった友達の表情は苦笑いだった。今のあゆは知らんけど、明るい歌とか歌ってるのかな? なんかビーチでイケメンとイチャイチャしてるイメージです。

中学校でゴイステにはまったくらいまでは、歌詞を大切していた。授業中にノートとか机とかに落書きしていたし、好きな歌詞を書いたノートもあった。でも好きだった椎名林檎の歌詞がだんだん難解になっていき、ヴィジュアル系バンドにはまり、俗に言うところの煽り曲(シャウト多めの曲)を好んで聞くようになる頃には、歌詞とかどーでもいいぜーーーーー になっていました。はい。DIR EN GREYとかすごい好きだったけど、あんまり歌詞は意識していませんでした。最初に聞いたDIRのアルバムは鬼葬でした。懐かしい。

 

そして、洋楽、ポストロック、ジャズ、メタル… 歌詞カードなしの生活は続いたのでした。

 

しかし、最近、一周回って、やっぱり歌詞って大切ですよねと思っている。ちなみに、きっかけはキュウソネコカミです。ヤマサキセイヤさんです。「DQNなりたい、40代で死にたい」の歌詞を読んで衝撃を受けました。胸の奥をきゅっと掴まれました。うまく言えないけど、あれはすごいと思う。

 

そういえば、最近改めてショックだなあーと思ったことといえば、銀杏BOYZが峯田ひとりになっていたこと。みんなどこに行ってしまったんだ。

峯田和伸も、もう38歳。必死になって読んでいたブログ「朝焼けニャンニャン」から10年。高校の保健室にあったノートに、同級生の男子が峯田和伸チックな文章を残していた。リア充だったのに心は峯田に夢中な男子だった。喋ったことなかったけど、一度、銀杏BOYZの話とかしてみたかったな、という青春の思い出。そしてあの頃、銀杏聞いてくすぶっていた青臭い少年少女たちはどこで何をしているんだろう。思春期の自意識とモヤモヤからは解放されているのかな? わたしは相変わらずで、あの日のままで63個目のブログを書いています。いや72個かな。

 

閑話休題

日本人なので日本語の歌詞が一番しっくりとくる。心に沁みるなあと思う。まだ、演歌が心に沁みるぜ!演歌こそ日本人の心!とまでは言わないけれど、そういうわけで結局、邦楽ロックに戻ってきた。これ書きながら、ブルーハーツとかモンゴル800とか思い出して懐かしくなってきた。このへんはMDしか残っていない。ちなみにMDの再生機器はもう家にはない。モンパチはCD買ったと思うんだけどなあ。どこに家出したか?

歌詞といえば、クリープハイプが素晴らしいのでその話はまた今度。去年は本当に「百八円の恋」に救われたので。

 

百八円の恋

百八円の恋